左之助の姿が見えなくなるまで見送って、剣心はケーキ作りに戻る。 生地をへらでかき混ぜながら思わず頬に笑みが浮かぶ。 「全く、左之ときたら・・」 左之助の様々な表情を思い浮かべくすぐったいような愛しさを感じながら、剣心は生地を練る。 剣心は、こうやって左之助のことを思いながら料理を作る事を覚えた。左之助への思いを混ぜ込んだ料理は、とても官能的な味がしている。そして左之助はその料理の発する信号を敏感に感じ取る。 レアチーズケーキの生地が出来た。後は型に流し込んで冷やし固めるだけだ。 次は洋梨のタルト。いつのまにか剣心は小声で歌を口ずさんでいる。 今日はまだひとりもお客さんが来ない。大体剣心の店は分かりにくい所にあるし、数少ない常連によって支えられている。 それは剣心の希望でもあった。店を始めた頃は治療が効を奏してやっと落ち着いてきたところで、リハビリの一環として勧められて始めた事でもあるし、あまり沢山の他人と接するにはまだ無理があった。剣心の具合によってはしょっちゅう店を閉める事にもなった。 それでもこの店がなんとかやっていけるのは、花のもちがとてもいい事と、剣心の作る花束のセンス、そして店の雰囲気がとてもいいからだ。 蔦に絡まれた洋館を改装した店は一階が店舗、二階は風呂や寝室などになっている。フロアからは広い庭が通りぬけになっており、美しい庭にはパラソルが置かれ、果実のなる木にはブランコが吊ってある。店の中では小さな音量でガムランなどの民族楽器や、クラシック、環境音楽などが流れている。 初めて来た者は、はいってきた途端にまず無愛想な顔をした大男に検分される。特に男の客には厳しい視線と、時には唸り声で迎えられる。店の中に入る事を何とか許されると、今度ははっとするほどかわいらしい赤毛の少女が店の奥から少し緊張した面持ちで出てきて、小さな鈴の鳴るような声で言うのだ。 「いらっしゃいませ。どんな花を、お探しですか?」 左之助がいなかった頃は、緊張の連続で精神に負担がかかりすぎ、死んだように眠り込む事も多かった。幸い場所柄と剣心の容姿もあってかイヤな客にもあたらず何とかやってこれたのだった。 洋梨のタルトも一段落してほっと息をついた時、店の中に誰かが入ってきた気配を感じて立ち上がる。 以前は怖かったこの瞬間も、左之助が来てからはかなり平気になった。左之助が側にいなくても、左之助の思いは側に感じるから。 「いらっしゃいませ」 入ってきたのは、アルマーニらしいスーツをぴしりと着こなした青年だった。切れ長の涼しげな目にさらっとした髪、きっと着物が良く似合うことだろう。優雅な身のこなしから、彼がかなり育ちのいい事がわかる。伝統芸能の次代宗家、というのがぴったりの雰囲気だ。 「先生!」 剣心は青年の姿を見て驚きの声を上げた。 「お久しぶりです。お元気でしたか?」 青年はそう言って軽く頭を下げた。 「いつ、日本に戻って来られたんですか?」 「昨日です。緋村さんの事がずっと気になっていたものですから、寄らせていただきました。お加減もよろしいようで、本当によかった。」 そういって、店の中を見まわす。 「とても、感じのいいお店ですね。緋村さんらしいな。最後にお会いしたのは、二年前でしたか」 「ついこの間のようなのに、早いものでござるな・・」 「本当は、完全に回復するまで側で見守りたかった。が、先方に急かされて行かざるをえなかった・・。本当に悔やまれます。」 そういって青年は首を振った。 「先生は、本当に良くしてくださった。感謝してるでござるよ。ヨーロッパへ行かれてからもずっと拙者の具合を心配してくださっていて、お手紙やメールも・・・。ありがとうございました。」 「お店を始めるとお聞きした時には驚きました。正直、あなたが耐えられるかも心配だったんです。でも、あなたは本当に強い方だ。尊敬に値しますよ」 剣心は見た者を幸せにするような笑みで言った。 「四乃森先生、よろしかったらお茶でもいかがですか?」 青年は一瞬ぼんやりと剣心の笑顔を見つめていたが、我に返ると慌てて頷いた。 「先生は、紅茶がお好きでござったな?」 剣心は青年を店のカウンターに導くと穏やかな笑顔を浮かべながらお茶の準備を始めた。お茶請けには、昨日作っておいたクッキーとプディングを用意する。カップは金縁のついた赤いドルトンのセットを選んだ。 「緋村さん・・、」 四乃森と呼ばれた青年は、驚きを隠せずに言う。 「緋村さんは、少し、変わられましたね。ずいぶん明るくなられたし、それに・・、」 そう言って青年は剣心の髪に手をやる。立ちあがって、剣心の側に近づき手を取った。 そこへ、何とも間が悪い事に最悪の人物が飛びこんできた。 「剣心!剣心!剣心!帰って来たぜ!泣いてねえか?」 左之助は全力で走って戻ってきたのである。配達した先の奥さんにゆっくりしていけとすすめられたのを断って帰ってきたのだ。自分がいない間に誰か悪い奴が剣心をいじめていないとは限らない。 そして店に走りこみ、いつものように剣心に飛びつこうとした左之助の目に映ったのは。 知らない男が剣心の手を掴んでいる様だった。剣心は僅かな戸惑いを浮かべながらも手を男に委ねている。 左之助の頭には一気に血が昇った。 「この野郎!!何してやがんだ!!」 左之助は叫びながら男に飛びかかった。 |
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